目、離れているだろ

とある月曜日、王様はいつものように新幹線に乗った。

ちなみに、王様はD席しか座らない。
D席が取れない場合、到着時刻がどんなに遅れようが、
約束に遅れようが、絶対D席が取れる新幹線しか予約しない。
しかし、飲み会の約束に遅れそうな場合はである。
ちゅうちょすることなく、グリーン車に乗る。

話を戻そう。
いつもの、お気に入りのD席が取れた王様は、雑誌、アルプスの天然水などを購入して
自分の、指定座席に向かった。

王様は、かばんから本とか水を取り出し、荷物を網棚に乗せ、座ろうとした。
その時、後ろの席に座っている人と目があった。
「ん?」
王様の頭の中の検索エンジンが、走りだした。

「どっかで、見たことある」

もちろん、そんな事は口にしないしそんなそぶりも微塵にもしない。

もっとも、本人が、そう思っているだけで、周りに知り合いがいたら、バレバレだろう。

席に座った王様は、本を広げタバコに火をつけた。

考える。しかし、思い出せない。

もともと、自分にとってそれほど興味が無い物には執着しない王様は、
5分もしない内にすっかりと忘れ、雑誌を読み飛ばしていた。

名古屋に着くと、王様は身支度をして、新幹線から降りる用意をした。

また、目があった。
「うーん、どっかであった気がする」
新幹線を降りた王様は、再び考えた。
しかし、わからない。

王様は、この疑問をバッチ処理に変更し、本日の予定を考えた。

「うん、今日は、浜のおやじが来る。今日も味菜だな」

今日は、何時から飲みに行くか、今週は誰と飲みに行くかを考える王様

間違っても、今日の仕事、今週の仕事の事は、頭に浮かんでこなかった。

「じゃ、行きますか」
例によって、浜のおやじ王様の定例が始まった。

いつものように、それぞれの飲み物を注文すると、仕事の話はそっちのけ、
酔っ払い全開の、脈絡のない会話を、繰り返すのであった。
次々と空いていく、ジョッキと、徳利
だいじょーぶか、この二人。

「そういえば。」と、王様
「どっかで見たことあるおねーちゃんを、見た
「なーに、ジャネットでも、居たの?」と、浜のおやじ
「違う、違う。日本人。どっかで、見たことがあんのよ」
「なに、ロバでも、いたの」
「違う、も少しマトモ
「でも、そんなに、記憶に残るおねーちゃんって、職場に、いた?」
聞きようでは、大変無礼な会話である。

「そうなんですけど」
「それ、飲み屋のねーちゃんじゃねーか?」
「でも、日本人がいる飲み屋は、そんなに・・・・・」

二人同時に、「CAN BEだー」
「でも、そんなにインパクトあるやつ、いたか?」
「うーん」

「まっ、行けばわかるか」「じゃ、行きますか」
何のことは無い。
もう一軒行きたかっただけである。

泥酔状態の2名は、店を出て2軒目に向かった。

「いらっしゃーい。浜のおやじ。あー、今日は王様も」

二人とも、辛うじて椅子に座った。
といっても、別に店が混んでるわけではない。
泥酔しているので、平行感覚が狂っているだけである。

入って一時、前の店の続きの話をしていたが、突然王様が言った。

「うーん、どうもあの子に似てた気がする。」

王様が指を指した人物。早速、浜のおやじが招集する。

「そういえば、今日、王様が、似てるねーちゃんを見たそうだ!」
「それって、美人?」

「うーん」と、王様
普通なら、どんなに酔ってもお世辞のひとつを言うのが、世間の常識。

「いや、別に美人って訳じゃないけど」
泥酔の王様に、世間の常識はまったく通用しない。

「名古屋で、降りなかっただろう。どこ行った」
王様は、同一人物と決めつけている。
しかも、質問の答えにまったくなっていない。

「あたしじゃ、ないよ」
泥酔の王様の耳には、まったく聞こえない。

「いーや、絶対そうだ。そうに決まっている」
どう、客観的に見ても、ただの酔っ払いである。

あきれた、ねーちゃんが言った。
「わかった、わかった。ところで、どこがそんなに似てたの
(あたしじゃないって、いってるでしょ!)」

しばし、沈黙。

「うーん。(30秒沈黙)いやー。(30秒沈黙)」

「なによ、はっきり言って」

「目が離れてたんだ」

あっけにとられる、おねーちゃん。

「おまえ、目、離れてるだろ。それだよ。うん、そうだ。」

さすがは酔っ払い。
勝手に、自己完結した。

隣では、浜のおやじが大声で笑いながら、つぶやいた。

「目、離れてる。がはははは。おめー、目が離れてる」

おわり。

注)随分前の出来事であり、いつものごとく、泥酔してたので、
  事実とは、若干異なる箇所が、ございます。
  あらかじめ、ご了承ください。