だ、だれかコイツらのビールを止めてくれ！（１）

【たこ屋編】

東京・日本橋は今日も暑かった。

とあるビルの一室。

金曜日の１８：００である。

中から浜のオヤジの声が聞こえる。

「はやくぅ〜」

「まってくださいよぉ〜」

・・・しばらく沈黙。

「はやくいこうよぉ〜」

「わかりましたよぉ〜」

「今日飲みに行こうか？」・・とか、「さて今日は行きますか！」

・・の会話も無いまま浜のオヤジとわしは歩き出した。

しばらくして浜のオヤジがぼそっとつぶやいた。

「昨日も呑んだんで、今日はたこ屋で軽く行きますかー」

「行きますかーって、もうほぼたこ屋の前なんすけど・・・」

たこ屋は立ち飲み屋である。

料理、飲み物は全て３００円の酔っ払いにはありがたい明朗会計の店である。

よっぱらっても３００円×何個、で計算できる。

２階には座り席もありなかなか気の利いた店で、浜のオヤジはここでしこたま飲んだ後

「行くぞ！焼きそば！」が、いつものお気に入りのパターンであった。

なぜ「ラーメン」でなく「焼きそば」なのか、わしには未だにわからない。

「ビールね！」浜のオヤジが中国人の店員おねぇちゃんに満面の笑みで注文する。

キャバクラで、

「ねーねードリンク頼んでもいいけど口移しで飲ませろよぉ〜」

「お客さんここはそういうお店ではないんですよー」

のときと同じ満面の笑みである。

店員のおねぇちゃんは、吉本新喜劇に出てくるいわゆる「店員」という風情なので、

この場合の浜のオヤジの満面の笑みは、ビールを呑める喜びを表すものであろう。

ビールが来た。

「またヤクルトかよ〜！！カカカカ！」

浜のオヤジが今日も言った。

毎回たこ屋でビールが運ばれてくると必ずこう言う。

「今日もあついっすね〜」といった挨拶と同じノリである。

ビール３００円という安さの秘密はズバリ「ジョッキが小さい」のである。

普通の小ジョッキより一回り小さい。

これを浜のオヤジは「ヤクルトジョッキ」と命名した。

確かに乾杯する手元をよく見ると笑えるくらい小さい。

いつも大ジョッキを見慣れているのでまるでママゴトみたいだ。

直感で「ヤクルト！」と命名した浜のオヤジの感性は大したものである。

ビールが運ばれてきた。

「はいどうじょー」

「じゃあ乾杯しますかー！」

少しして店員がつまみの注文を取りに来た。

浜のオヤジは

「ビールね！」

店員がビールを持ってきて伝票を取って戻ってくるより早い！

ジョッキが小さいので、無くなるのがものすごく早いのである。

「はいどうじょー」

再びビールがきた。

店員が飲み終わったジョッキを持って行く。

再びつまみの注文をとりにきた・・・・。

おわかりかと思うが、もうビールが無い。

「ビールね！」

「こ・こいつら・・・」といった感じで店員はせっせとビールを持ってくる。

ビールの注文が忙しくてやっとの思いで注文したつまみは、厚揚げと枝豆合計６００円である。

呑むのとおかわりが忙しくて食べる暇が無い。

ジョッキが小さいせいだ！。

あーーー忙しい。

わしはふと伝票に目をやった。

ビールの数を数える「正」の字がすでにはみ出している。

「正」の字じゃ足りない！。「鬱」とか「爛」とか難しい漢字にしなくては！状態である。

はっとワレに帰ったが、状況は変わらない。

下げるのが間に合わないヤクルトジョッキはテーブルを占領し、厚揚げはどこ？状態である。

テーブルの上がジョッキでキラキラしている。

「ねーねービールまだーー？？？」

浜のオヤジが叫ぶ。

何しろジョッキが小さいから忙しい。

飲み終わってから次のビールが来るまでがとても長く感じる。

「直接タルから呑んだほうが早いんじゃねえの？カカカカ！」

「そういうもんじゃないだろう・・」と思ったが。

「大ジョッキが欲しい！あの銀座松坂屋のビアガーデン呑み放題で出てくるような大ジョッキが！！」

かれこれ１時間たった。

正の字は漢字の練習帳状態である。

遠めに見ると、伝票の一番上の欄が黒い・・・。

この店員は絶対にわしより正の字がうまいであろう。

「ねービールまだぁ〜？？？」

またまた浜のオヤジが言った。

「ち、ちょとまてくださいーー」

ふとビールコーナーを振り返ると、男の店員がせっせと生ビールのタルを交換していた。

「わ、わしらはまさか・・・あれを殆どのんじまったんですかいね？？」

「だからタルから直接のめばよかったんだよ！カカカカ！」

「そろそろ焼きそばいくか！」

おあいそをした。

「８１００円でございましゅ」

８１００円引くつまみ６００円　ビールは２５杯だ・・・。

立ち飲みで８０００円も使うなよ〜。

しかもビールで。

居酒屋行けよ〜。

おわり